福島第一原発は現状では特に2号機が危機的状況にあるようだ。圧力容器内の炉心が露出した状態がかなり続いたために炉心溶融が発生している可能性が高いらしい。
圧力容器への注水が困難なのは容器内の圧力が相当に高圧のままであることが大きな要因らしい。これを圧力逃し弁で排気することで注水をしたが、結果として窒素を排気したために水素爆発のリスクが高まってしまった(爆発が起きた?)らしい。
そこで思ったのはいっそ圧力容器から積極的に排気を行って気圧を下げてゆくことで注水を確実にしてゆくのがいいのではないかということだ。
もちろん気圧が下がると当然水も蒸発しやすくなってどんどんと蒸気圧も戻ろうとする。だが継続的に真空ポンプで排気し続ければ気圧は低いままで推移し、注水が行いやすくなる。なにより蒸発によって奪われた熱を吸引することになるわけだから、全体の温度が下がりやすくなるはずである。
まあど素人の思いつきで状況がどうにかなるなどとは思わないが、水を圧力容器に対して細い管を経由して高圧で注入するよりは、水蒸気をポンプで排気するほうが作業としてはラクなのではないかと思って書いてみた。
ちなみにポンプで排気されるこの水蒸気は放射性物質の入り交じった物になる。だが炉心溶融から容器の破壊・燃料流出・再臨界などという状況に較べるならばマシかも知れないなどと考えた次第。
2011/03/15
2010/07/01
バレエ萌え理論:番外編・白タイツ王子万能説
以前 ふたなり美少女とショタ王子@バレエ少年の包絡線というエントリーで白タイツを穿いたバレエ王子はふたなり美少女の一種であるとの説をかかげた。ふたなり美少女の魅力は、萌え対象である美少女が、ゲーム的に言えばプレイヤーの投影像すなわち萌え行為の担い手として感覚的共振(想像)が可能な男性器という無線通信インターフェースをそなえている点にある。したがって少女的なロリータ風味のファッションをまといつつ下半身の股間に男性器の輪郭を鮮やかに晒している白タイツな美少年バレエ王子はふたなり美少女としての条件を十分にクリアしている。ただ、美少女性が強調されているケースと男性器の感覚的共振が重視されているケースさらにその中間とさまざまななふたなり的スペックがあるなかで、男性器の輪郭のみをタイツ越しにさらしているバレエ王子は外見が美少女寄り(ただし貧乳系)で、象徴的なファルス(勃起した男性器)としての度合いは弱めということになるのだろう。
また、白タイツ王子の場合、そのキャラクターデザインは「女性側からみた理想の男性」としてのスペック(美貌・均整のとれた肉体・社会的地位・人格)を詰め込んだ形になっているので、ひとによってはある種の忌避感・拒絶感を産むことになるのかもしれない。しかし大多数の人々は幼少期に王子という典型的キャラクターの像を物語を通じて刷り込まれていることも忘れてはならない。したがってこのロマンティックな貴公子としての白タイツ王子のイメージは実は間違いなく男性側にとっても理想の自己像のひとつなのである。こうした葛藤的要素をもっているのが白タイツ王子の強みでもあり弱みでもある。
が、ここからさらに一歩踏み出してみると、白タイツな美少年王子の「絡み」のパートナーはべつに美少女バレリーナじゃなくてもいいという考え方が成り立つ。ミニスカメイドでも甘ロリ娘でもおっぱい美幼女でも猫耳少女でもメガネ委員長でも、とにかく白タイツ王子がふたなり美少女としての属性を併せ持つ以上は、カップリング萌えを成立させることは十分可能である。しかもふたなり(王子)×ノーマル美少女、美少年×ふたなり(王子)、マッチョ×ふたなり(王子)、ふたなり(王子)×2、などとカップリングのバリエーションも豊富だ。この意味ではじつはやおい系カップリングのキャラとしても応用可能なのである。
難点としては白タイツ王子というキャラが場面に登場する状況(シチュエーション)をデザインするのがなかなか難しげに見えるところだ。なにしろ生身の白タイツ王子が定常的に存在できるのはクラシックバレエという舞台芸術の空間に限られているために「そういうものでしかない」という感性/慣性が一般的に根づいているからだ。だが、萌え幻想空間はなんでもアリなのだという大前提に照らせば、そんなことをいちいち気にすることはない。普遍性のある表現を目指そうとするとこれはこれでなかなか大変なのは事実だが、その前にまず「ベタ」であるゆえに「強烈」なキャラクターとしての特質を楽しんでみてはどうかと思う。
あと、キャラデザインの本質から、実は白タイツ王子はフルカラーでないとインパクトを与えないという弱点をもっている。モノクロのマンガやイラストだと肌の色と白タイツは区別がつかないからだ。もっと細かく言うと、タイツをはいているかはいてないかが白タイツの場合は区別がつきにくい。それゆえに表現の現場では使いにくいのかもしれない。ただ、これからはフルカラー表現はしだいに拡大していくと思われるので、そういう意味でも普及を期待したい。
ちなみにインパクトの高さゆえに「白タイツ王子」を代表例にしているが、別に黒タイツでもカラータイツでも構わないし、「中世ヨーロッパ風の貴公子」的なデザインでなくともいい。ただ、おそらくキャラのアイデンティティの核になっているのはタイツで覆われた下半身(男性器の輪郭+女性に近い印象の下半身全体の輪郭)なので、これを軸に据えてバリエーションを工夫するのが妥当なところだろう。
また、白タイツ王子の場合、そのキャラクターデザインは「女性側からみた理想の男性」としてのスペック(美貌・均整のとれた肉体・社会的地位・人格)を詰め込んだ形になっているので、ひとによってはある種の忌避感・拒絶感を産むことになるのかもしれない。しかし大多数の人々は幼少期に王子という典型的キャラクターの像を物語を通じて刷り込まれていることも忘れてはならない。したがってこのロマンティックな貴公子としての白タイツ王子のイメージは実は間違いなく男性側にとっても理想の自己像のひとつなのである。こうした葛藤的要素をもっているのが白タイツ王子の強みでもあり弱みでもある。
が、ここからさらに一歩踏み出してみると、白タイツな美少年王子の「絡み」のパートナーはべつに美少女バレリーナじゃなくてもいいという考え方が成り立つ。ミニスカメイドでも甘ロリ娘でもおっぱい美幼女でも猫耳少女でもメガネ委員長でも、とにかく白タイツ王子がふたなり美少女としての属性を併せ持つ以上は、カップリング萌えを成立させることは十分可能である。しかもふたなり(王子)×ノーマル美少女、美少年×ふたなり(王子)、マッチョ×ふたなり(王子)、ふたなり(王子)×2、などとカップリングのバリエーションも豊富だ。この意味ではじつはやおい系カップリングのキャラとしても応用可能なのである。
難点としては白タイツ王子というキャラが場面に登場する状況(シチュエーション)をデザインするのがなかなか難しげに見えるところだ。なにしろ生身の白タイツ王子が定常的に存在できるのはクラシックバレエという舞台芸術の空間に限られているために「そういうものでしかない」という感性/慣性が一般的に根づいているからだ。だが、萌え幻想空間はなんでもアリなのだという大前提に照らせば、そんなことをいちいち気にすることはない。普遍性のある表現を目指そうとするとこれはこれでなかなか大変なのは事実だが、その前にまず「ベタ」であるゆえに「強烈」なキャラクターとしての特質を楽しんでみてはどうかと思う。
あと、キャラデザインの本質から、実は白タイツ王子はフルカラーでないとインパクトを与えないという弱点をもっている。モノクロのマンガやイラストだと肌の色と白タイツは区別がつかないからだ。もっと細かく言うと、タイツをはいているかはいてないかが白タイツの場合は区別がつきにくい。それゆえに表現の現場では使いにくいのかもしれない。ただ、これからはフルカラー表現はしだいに拡大していくと思われるので、そういう意味でも普及を期待したい。
ちなみにインパクトの高さゆえに「白タイツ王子」を代表例にしているが、別に黒タイツでもカラータイツでも構わないし、「中世ヨーロッパ風の貴公子」的なデザインでなくともいい。ただ、おそらくキャラのアイデンティティの核になっているのはタイツで覆われた下半身(男性器の輪郭+女性に近い印象の下半身全体の輪郭)なので、これを軸に据えてバリエーションを工夫するのが妥当なところだろう。
2010/06/07
萌えバレエCG:綾波レイと碇シンジの「白鳥のエヴァンゲリオン」
萌えバレエCG:制服バレエ少女
萌えバレエCG:セーラー服に白タイツで跳ぶ少女
萌えバレエCG:少年と少女のパ・ド・ドゥ
仮想二次元世界には小学生のような顔をしながら高校生なキャラとか、飛び級して小学生なのに高校生になってるお嬢様とか、天才なので高校の教師になっている金髪ハーフとか幼女寄りのキャラクターが多い。
小学生ぐらいの躰でクラシックバレエの技術体系に忠実なパ・ド・ドゥを踊るのは無理があるが、仮想二次元ではそういう縛りはない。ロリショタカップルは性的に未成熟であるがゆえに象徴的な性行為であるパ・ド・ドゥを演じるキャラクターとして適している。
ちなみに有名なバレエ・リュスも、ディアギレフ亡きあとの復活計画の際には、まだ年端もいかぬ少女ダンサーを売り物にしたという逸話もある(映画『バレエリュス 踊る歓び、生きる歓び』より)。
小学生ぐらいの躰でクラシックバレエの技術体系に忠実なパ・ド・ドゥを踊るのは無理があるが、仮想二次元ではそういう縛りはない。ロリショタカップルは性的に未成熟であるがゆえに象徴的な性行為であるパ・ド・ドゥを演じるキャラクターとして適している。
ちなみに有名なバレエ・リュスも、ディアギレフ亡きあとの復活計画の際には、まだ年端もいかぬ少女ダンサーを売り物にしたという逸話もある(映画『バレエリュス 踊る歓び、生きる歓び』より)。
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